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叶わぬ恋

私は昆虫写真家ではないが、高山蝶の撮影に興じることがある。故田淵行男先生が高山蝶を研究していて興味を持った。先生の「美しいナイン」は私の憧れでいつか9種の高山蝶の撮影をして写真展を開催したいものだ。

 

今年もミヤマシロチョウとミヤマモンキチョウの撮影に湯の丸山を訪れ、収穫があったのだが、昨年の1カットがどうしても忘れられず、ブログに書いておこうと思った。ちなみにこの時の写真は、2024年7月号山と溪谷の湯の丸山の記事にも利用している。

 

私は、ミヤマモンキチョウ♀を見つけ撮影をしていた。すると黄色の個体が飛んできてアプローチをしている。ミヤマモンキチョウのカップル誕生かとしばらく撮影していた。♀も受けいれる準備をしていたようだが、ファインダーをしばらく覗いている突然写真のように♀が交尾拒否のポーズをしているではないか。♂をよく見るとモンキチョウだ。てっきり、亜高山帯だからミヤマモンキチョウの♂が近づいてきたとばかり思い込んでいた。おそらく上昇気流や風に流されて山頂に来たのだろう。塩見岳山頂付近でも本来そこにはいないはずのキアゲハやアカタテハを見たことがある。

 

昆虫は成虫になると子孫を残すことだけが役割、使命であり、実際のところ、恋や愛などという感情はおそらくなく、自分の子孫を残せるかどうかだけが関心事のはずだ。モンキチョウの♂はミヤマモンキチョウの♀に何度もアプローチをするが、♀も必死の覚悟を持って拒み続ける。メスは翅を大きく広げ、腹を持ち上げていて、威嚇さえ感じる構えだ。♀は種が相違することを悟ったのだろう。♂は種の違いを理解しているのか分からないが、♀の交尾拒否に関係なくアプローチをしている。私はその姿を見てとても切なくなった。人間でも男は女よりも夢を見たり、子供のようなことをすることがあり、女から見限られることもある。そんな話を思い出し、モンキチョウ♂に諦めるなと心の中で声をかけ、応援したが、思いも虚しくモンキチョウはどこかへ飛んでしまった。

 

子孫を残すことは誰に教わったものでもないのにミヤマモンキチョウの♀はその♂だけを受けいれる。モンキチョウの♂はおそらく気づかなかったのだろうが、ミヤマモンキチョウ♀の抵抗を知り、やがて去っていった。客観的に見ればただそれだけの事実なのだが、自分にはその事実を素直に受け入れることができなかった。歳取ったのかなと自分を宥めるのであった。

 

ここでふとギフチョウとヒメギフチョウの交雑のことを思い出した。専ら、白馬村で見られる現象だが、生まれてくるチョウは個体の変化があると聞く。もしかすると、将来、ミヤマモンキチョウとモンキチョウの間で同じようなことが起こるのかもしれない。密かにそんな期待をするのだった。

 

このシーンは十数分の出来事であったが、私には相当長い時間に感じた。あまりにドラマチックな生命の営みを見たからなのかもしれない。大自然の中の小さな生物でも命の営みはとても大きな存在であることを改めて知った。